2008年1月28日月曜日

社葬

ずらりと並んだ8人の、お坊さんの読経が終了したあとも、

しばらくのあいだ、ご焼香は続く。

49歳で亡くなった、セゾンファクトリーの創業社長である齋藤明彦さんの、

参列者は1000人を超える社葬に出席する。
http://www.saisonfactory.co.jp/

自分の母親といとこ同士で、また商売上もお世話になり、

密葬、社葬と参列する。

元気な頃の写真や、肉声入りの動画、喪主の奥さんの挨拶、

ふと涙腺もゆるむ。

若くしてなくなった友人や、知人の葬儀は、キュンとなる。

2008年1月25日金曜日

脱輪

このところのドカ雪で、踏み固められた道路上の雪は、

洗濯板のようになり、その上を走ると、

車は内臓に悪いほどガタガタ揺れ、

ハンドルは左右に取られる。

スリップして道路外に落ちたり、

道路わきの雪の中に突っ込み、動きの取れないトラックや乗用車を、

あちこちで見かける。

マヌケなドライバーと、鼻で笑っていたら、

やっぱり自分にも降りかかってきた。

一台積みの積載車を、自宅近くの道路脇に止めようとバックしたら、

凍結して氷のように滑る路面で、ブレーキはまったく効かず、

道路のそばを流れる幅1mの側溝に、左後輪を落としてしまう。

全長5mを越える車体は、道路に対して斜め45度になり、

市道をふさいでいる。

近所の人に、プロのくせに馬鹿なやつと思われながらも、

あわてふためく一歩前の心境で、整備の星さんと対策を練る。

車を積み込むときに、荷台を延ばすスライドローダーをテコのように使い、

さいわいにも15分で脱け出した。

運が良いのか、悪いのか?

大寒

朝から、信号機の右折表示の矢印も見えないほどの、

吹雪となっている。この荒天の中で車を走らせると、

フロント席の両側ガラスには、容赦なく雪は貼りつき、

右や左も、後ろもよく見えなくなる。

ホンダの軽トラックの契約のため、約25Km離れた上山市に向かう。

米沢市から北へ向かうほど雪は少なくなり、

目的地に着く辺りでは、20cm(米沢60cm)の積雪しかない。

無事契約となった帰り道、夕方4時過ぎの道路はカチカチに凍りつき、

どの車も何色かわからないくらいに、雪をまとい、

ノロノロと走っている。

こんな日は、お客様からの事故の連絡が入りそうで、

少々身構える。

2008年1月22日火曜日

亀戸

JR亀戸駅から上野駅まで、どうやって電車を乗り継ぎ帰ったか、

ほとんどおぼえていない。

とにかくギリギリで上野発20時40分、終電の山形新幹線に乗り込み、

事前に購入していた指定席に座ると、

酔いのためすぐ眠り、起きたら米沢駅の手前だった。

日曜日の夕方5時から、亀戸駅を降りてすぐのところにある串カツ屋で、

大学卒業後も仲良くしている江戸っ子のアヤベ君と、

空手道場を経営しているハヤカワ君と3人で飲む。

一緒に杯を傾けるのは一年半ぶりなのだが、

昨日も会った3人のように会話は弾み、

新幹線のタイムリミットの20時まで、酒盃は進む。

串カツ屋の他のお客さんにとって、大声で笑い、話しまくる3人は、

さぞうるさくて迷惑だったろう。

大学時代、勉強はさっぱりだったが、

いつでも楽しく会話できる友人にめぐり逢えたことは、

得難い機会だったと思う。

2008年1月18日金曜日

ipod

米沢はここ一週間雪模様で、

夕方にかけて路面はツルツルに凍りはじめる。

トヨタ系ディーラーの営業スタッフから、買い取った車の引き取りに、

一台積みのキャリアカーで天童市に向かう。

米沢市と南陽市を結ぶ高速道路を、

ブンブン飛ばしていくつもりで、ETCのゲートをくぐる。

道路上に掲げてある温度計の電光表示は、なんとマイナス4度、

ゆるいカーブでもすべってしまうから、高速道路に乗ったおかげもなく、

ゆるゆると走る。

出かける前に家に寄り、娘から借りたipodを取り出し、

イヤフォンを耳に挿す。

「Flaver of Life]・・・宇多田ヒカルの歌声が入ってきた。

語りかけてささやくような声のトーンは、ipodの高音質と相まってシビレてくる。

何度も繰り返し聞くと、いつもは眠くなってしまう狭い積載車のキャビン内は、

カラオケボックス状態になっていた。

2008年1月15日火曜日

粉雪


昨日、朝4時半ごろトイレタイムに起きたら、


家の中は冷蔵庫みたいに冷えびえとしている。


ストーブに木をくべ、勢いよく燃え出したところで外へ出てみる。


長靴で踏みしめると、キュッ、キュッと音がしそうな粉雪は、


やや強い風に乗り軽やかに舞って、吹雪となっている。


子供の頃の冬のイメージとしては、いつもこんな日が続いていて、


猛烈な吹雪のときは集団下校となり、


近くのトモダチと押し合いへしあい、転げまわって帰っていた。


急速に進む温暖化を忘れるぐらいに寒い、今日のような吹雪の日は


降り積もった雪の中を、ピョンピョン飛び跳ね回る2頭の飼い犬と同じように、


うれしい。

2008年1月12日土曜日

医は仁術 算術?


1月9日の自身の交通事故で、腰に違和感あって、いつも繁盛している近くの外科に行く。

先生の診察が始まり、症状と交通事故の状況について、問診を受ける。

一通りの診察後、「じぶんにも過失あるので、健康保険で対応してください」と切り出すと、

その先生いわく「交通事故では、健康保険は使えないんですよ」と。

確信犯だと思ったが、看護婦さんもいたので、そのまま全額自己負担して帰る。

では病院の窓口や医師に「交通事故の場合は、自由診療(健保適用外)しか受付できません」

と言われたらどうしたらいいのか?少し長くなりますが・・・・。

結論は、交通事故でも健康保険は使えます。健康保険での治療か、自由診療での治療かは、

健康保険の被保健者が決めることで、病院(医師)の言いなりになる必要はありません。(厚生省通達106号)

特に自分に過失のある場合は、健康保険を使ったほうが有利になる場合も多いです。

その理由は、健康保険を使った治療では、治療費の基準となる医療点数は、

1点あたり10円、自由診療(交通事故も含む)では1点あたりおおよそ20円です。

例えば医療点数10万点のとき、健康保険を使えば100万円、自由診療では200万円です。

その場合患者の負担は、健康保険では3割負担で30万円、自由診療では200万円全額です。

交通事故の相手側の車に、任意保険が付いていなかったり、

無車検で自賠責保険なしの場合は、200万円の全額自己負担になる場合も有ります。

具体的な数字の例は次のURLで http://home.d06.itscom.net/rmo/koutuujikotokennkouhokenn.htm

自分の過失が大きい交通事故の場合や、単独事故の時は、病院の受付や医師に、

「治療費を自分で払わないといけないから、治療費を抑えるため健康保険で受付して下さい」と伝え、

それでブツブツ言い逃れをする病院や医師がいたら、他の先生を尋ねるのが良いと思う。

医療点数が約2倍の交通事故は、病院にとってもおいしい仕事に違いないけど、

それにしても患者を半ばだますような言い方は、どうよ?

2008年1月10日木曜日

二度あることは三度ある



「二度有る事は三度ある」。ことわざのとおり、


昨日天童市の国道13号線を北進中、


ありがたくないことに出くわしてしまう。


国道沿いの左側にあるファミレスの駐車場から、


道路に出ようとしている白い車が目に留まる。


こちらはバックミラーを確認しつつ、


片側2車線の追い越し車線に車線変更しようとしたその時に、


その白い車は、右方をまったく確認しないまま国道に


のっそりと左にハンドルを切りながら大回して国道に出てきた。


あわてて右足で、ブレーキペダルを蹴る様に踏ん張っても、


間に合うはずも無く、相手車の白いカローラセダンの右フロントドア近辺と、


当方車の左フロントは、グッシャリと仲良くなる。


相手の右フロントドアガラスは粉々になり、


当方のボンネットにキラキラと散りばった。


運転席ドアはひしゃげており、運転者は30歳ぐらいの女性、


リアシートには、彼女の母親、その母親に抱かれた生まれて間もない孫。


さいわいにも、おばあちゃんの腕にしっかり抱かれた孫は、


スヤスヤ寝ている。運転していた女性は、初めての事故なのか、


驚きと緊張で震えていたが、今のところ彼女も、


その母親であるおばあちゃんも孫も、なんとも無いようで、


ほっとする。


冷たい小雨の降る中での警察の事故受付も終わり、


お互い連絡先を交わして別れる。


当方のジムニーは、フロントバンパーが左前タイヤと干渉して走れないので、


近くのトヨタさんに行き、若くてテキパキしたメカニックの男性に、


応急処置してもらう。


ここ2ヶ月間で追突されたのは二度、


昨日の自分にも過失のある事故で三度目、


「二度有る事は三度ある」とは思いもしなかった。


「そんなに当たるのなら宝くじを買え」、と酒のつまみにされる。

2008年1月9日水曜日

セルフガソリンスタンド

一台積み積載車のメーターパネルにある燃料計の針は、

一番下を指している。ガス欠になってもつまらないから、

近くのセルフガソリンスタンドに寄り給油する。

軽油80Lを飲み込み、お勘定は10000円チョイ、

いつの間にか1L当たり130円に跳ね上がっていた。

同乗の整備の星さんから、意外な話を聞く。

アブラの値段はうなぎ上りになるにつれて、

今までセルフスタンドに見向きもしなかった、

軽乗用車に乗る若い女性が、給油の際に、

「軽油を軽自動車用のアブラ」と間違え、ガソリンでなくケイユを入れて、

そのせいでエンジン不動になるトラブルが最近多いそうだ。

また農家のご老人で、耕運機

(畑の土や、家庭菜園の土を大きくかき混ぜる機械)に、

混合ガソリン(ガソリンと少量のオイルを混ぜた燃料)以外のケイユや、

ガソリンのみを入れて、エンジン不動になったりもするそうだ。

話を聞いて、二人でおかしくて笑っていたが、

老後の自分に思いを馳せ、「面白うてやがて哀しき老後生活」、

明日はわが身か。

2008年1月5日土曜日

ジムニーJA71VからSJ30Vへ足回り移行







もっぱら足代わりに乗っているのは、
車体は軽くてエンジンは2ストロークのスズキジムニー、
今は3台目のSJ30になる。
このSJ30ジムニーは昭和57年式前期型のため、
フロントブレーキはドラム式となっており、
ブレーキを踏んだときの感触はスポンジーで、心もとない。
エンジンがダメになった、昭和63年式の型式JA71Vジムニーが
入庫したため、その足回りを自家用のSJ30に移行し、
フロントディスクブレーキ、マニュアルハブ仕様にする。
参考まで車体改造のプロ、星さんの解説を載せます。


取り外し(JA71Vより)フロント側 
①車をリフトアップして、タイヤをはずす。 
②ハイリフトタイプミッションジャッキなどで、アクスル本体を支える。
③ステアリング系を、ドラックリンクから取り外す。 
  (ドラックリンク、タイロッドはJA71Vのそれを使用) 
④プロペラシャフトを、デフのミッション側のみ取り外す。
⑤ブレーキホース、スプリングピン、ショックアブソーバー、
シャックルを取り外す。


リヤ側  フロントと同じように、ジャッキにてアクスル本体を支える。
①プロペラシャフトを、デフのフランジ側のみを取り外す。
②ブレーキホースを取り外す。
取り付け
①穴のピッチが異なるため、JA71Vのデフ、フランジを取り外して、
 SJ30のそれと交換する。
②取り外しの逆順にて、組み立てていく。
③SJ30のフロントブレーキホースの、
シャシー側取り付け部のステー穴径は、
ドラム用のホース金具穴で細いため、
ディスクブレーキ用ホース穴径に合わせて、加工する(広げる) 
④SJ30には、直進性を良くするためのスタビライザーは無いので、
  JA71Vから取り外したそれを、
  SJ30のフロントメンバーにステーを溶接して、取り付ける。
  スタビブッシュも同時に交換する。
⑤ブレーキオイルを入れ、エア抜き後、
ステアリング位置調整して試乗する。
この車体改造は、当店スタッフの星さんによるもので、
なんと2日間で完了した。
さすが内燃機関と、車体整備のプロで、知識と技術に恐れ入る。
      「すきこそ物の上手なれ」

2008年1月3日木曜日

箱根駅伝


買い物に行く途中で、事務所に寄ったら、
展示車は雪だるまのようになっていた。
久しぶりの大雪で山の山菜に思いを馳せ、雪かきは楽しくなる。
新年明けて今日で3日目となり、TVの箱根駅伝にへばりつく。
事前の調整不足か、体調悪いのか、チカラが入りすぎたのか、
思うように走れなかった選手も多く、
本人以上に責任を感じている人もいるかと思う。
でも今日まで積み上げてきた様々な事は、ずっといい財産になる。
夕方になり近くの温泉施設に行き、さっぱりしたあと体重計に乗る。
ゴロゴロし過ぎてメタボ気味に。

2008年1月1日火曜日

大晦日

やっと米沢らしく一日中雪は舞い、出番を待っていた除雪車も、

うれしそうに行き交う。 

 大晦日にドブロク18本出来上がるので、取りに来てくれと、

Tさんからの連絡を受け、吹雪で視界の悪い中、

奥深い山間の集落、中津川地区へと向かう。

積雪は50~60cmぐらいで、

あちこちでグレーダーやロータリー車が、

雪を道路脇に押し込んだり、吹き飛ばしたりしていて、

その数は対向車より多い。

一時間弱でお目当てのTさん宅へ着き、

待っていたかのように、玄関先で笑顔の出迎えを受けた。

まだ小学校低学年とおぼしき二人の子供は 、

自宅脇の山の端で、夢中で雪遊びしている。

お土産持参で伺ったところ、

ドブロクをかなり値引きしていただいて、

思わず恐縮する。

帰り道、すれ違う車は片手以下のため、滑りやすい雪道を、

レーシングドライバーにでもなったつもりで、

ドリフトしながら山道を駆け下りる。

ゆるい下りの右カーブで、60km/hくらいのスピードから

アクセルを置いた右足をゆるめたら、

フワッとした感覚と共に、

スズキジムニーの車体はそのまま右回りに一回転して、

対向車線の道路脇の雪の壁にぶつかって止まる。

車体は、雪の壁の脇にある、

ゴーゴー音を立てて流れる川に向かって少し傾き、

軽くてめったにスタックしないジムニーでも、脱出できなかった。

そこは自宅から20数分の場所のため、すぐカミサンに連絡し、

ジムニーに携帯しているゴムワイヤーを迎えの大型のRV車に連結し、

あっさり引き上げ完了する。

除雪車が押し込んで出来た、そのクッションとなる雪の壁が無かったら、

真冬の川で、したくもない初泳ぎとなるところだった。