2012年3月30日金曜日

ニッセイ イ〇○キに近い商品

きょうは16℃まで気温は上がり、
汗ばむほどの陽気になりました。
TVによると、4月下旬の気温だそうです。

乗らなくなった自動車を売却し、
そのクルマに加入していた自動車保険の解約に来店された50歳半ばのAさんは、
国内大手生保の商品に以前から加入していて、
「チョッと前に更新したばかりだょ、保険料がずいぶん上がるらしいから、
前の保険を下取りしてあまり上がらないようにしてもらった」。

ここだけを聞くと、いかにもリーズナブルなような気がしますが、
それはマッタクの錯覚です。
Aさんの加入している保険の型は「定期特約付き終身保険」で、
10年ごとに保険料を更新するタイプです。
このタイプの商品は国内大手の生命保険会社の主力商品であり、
いわゆる「生保のおばちゃん」が販売する商品のほとんどがコレです。

かんたんに説明すれば、
①例えば30歳で契約した保険料が2万円だとすれば、 
10年後の40歳のときにおなじ保障で加入すると、
40歳では死ぬ確率(予定死亡率)が30歳のときよりも高いため、
そのリスクをカバーするために保険料は約1.4倍の28000円になります。
その10年後の50歳での更新保険料は28000円x1.4=39200円になります。
いざ病気にかかりやすくなる50歳後半から60歳以上になったとき、
このタイプの型の商品では、
高額な保険料を払えなくなるか、保障がほとんどなくなるかのどちらかです。

②更新するたび保険料はバンバン上がって加入者に不信感を与えますので、
見かけの保険料を下げるために
「保障を下げましょうか?それとか以前の保険を下取りして、
新発売になったナイスな保険に切り替えましょうか?」と必ず言いますネ。

さて「下取りします」とはどんな意味でしょうか?
それは10年間払った保険料の中で積み立てられた解約返戻金を、
(10年間で積み立てられたオカネ→加入者が受け取るべきオカネ)
次の10年間の保険料に充当することです。

{見かけの保険料を下げるため、加入者が受け取るべき解約返戻金のことを
ほとんど説明しないで、更新後の保険料にそのオカネを振り当てる。
モチロン加入者には、受け取れるはずの解約返戻金の総額を言うわけがない。
なぜなら解約返戻金は高額なため、ちゃんと説明したら保険を解約されて
しまうから。}
③国内大手生保会社は、
なぜこのようなイ〇チ○に近い商品を販売するのでしょうか?
それは外資系生保や損保系生保に比べて、
莫大な経費がかかるからです。
経費のほとんどは「@生保のおばちゃん」です。
@は月給制で、売っても売らなくても一定レベルの基本給はもらえます。
@には退職金制度があり、会社負担で積み立てています。
@は社会保障に加入していますが厚生年金を含めた社会保障の半分は、
一般企業と同じように会社負担です。

一方で外資系生保や損保系生保は、
扱い商品を契約してきたときだけ代理店や募集人に手数料を支払います。
もちろん社会保険は全額自己負担、退職金なんてあるわけナイ!

国内大手と外資系・損保系~どっちが経費使いますか・・・?

国内大手生保が「販売外務員」を丸抱えしているかぎり、
まともな生命保険の商品はありえません。

そうなんです、国内大手生保会社は、
お客さんのオカネをむしり取らないと経営が成り立ちませんから・・・。

2012年3月28日水曜日

三井住友海上あいおい生命 冬の終わり

暖かい雨がシトシト降っています。

きのうは春を告げる強い日差しが地面をあたため、
朝方サラッと積もった雪は、またたく間に消えてなくなりました。
気温も日差しも冬にバイバイ。

福島県の第一原発から20kmに住んでいたHさんは住みなれた土地を離れ、
米沢での避難生活も約一年になりました。
「ことしの大雪で、嫌になったでしょ、米沢?」と水を向けたら、
「そんなことないですよ、2匹の犬は雪遊び大好きだし!、仕事もコッチでしてるし」と。

そんなHさんですが、生命保険は震災のゴタゴタで解約されたようでしたので、
〇生命保険は基本的に必要ないこと
〇高額医療控除制度のこと(1ヶ月の医療費の自己負担は上限で約9万円のみ)
〇遺族年金のこと
〇健康保険や控除が適用にならない先進医療のこと
上記について説明しました。

大病を経験した自分の立場から、
どうしても必要な生命保険はこの二つのみです。
①先進医療を使える最低ライン(入院給付金3000円)の医療保険
②支払った保険料の総額以上にお金が戻ってくる、保険と言う名を借りた金融商品

Hさんは避難生活でフトコロ具合もまだ定まっていない様子でしたので、
①の先進医療つき最低ラインの医療保険に加入されました。

①・②は保険会社にとってあまり利益のでない商品で、
言いかえればお客様にとって良い商品と言えます。

このような保険会社にとって利益の薄い商品は、
募集人・代理店の手数料も少ないため、
通常は勧めてもらえません。

大切なお金を「ドブに捨てる」ような生命保険がまかり通っている世の中です。
自分のお客さまだけでも、そんなことにならないように、おハナシしています。

2012年3月25日日曜日

東根ロードレース

きょうは冷たい雨が降ったり止んだりの一日でした。
2月下旬から3月上旬の寒さだったようです。


仙台市の泉区までの事故車引き取り予定が入っていたので、
東根ロードレースの応援に間に合うように1台積みの積載車で東根市に急ぎ、
観戦後に国道48号線から仙台市に向かうコトにします。


きょうは東海大山形高校男子陸上部の精鋭たちが、
新潟県の弥彦駅伝参加組と、
東根市のロードレース参加組にわかれて出場しました。

ことし最上級生になる新3年生のフィニッシュタイムをチョイ聞きましたが、
東根組はマダマダ調子が上がっていないようです。
そんな中で新2年生の谷地クンは、順調にチカラを付けて来ましたね。
レース後、クールダウンのジョグにて。
笑顔サイコー!


イマイチの結果で悔しい表情のヒカルくん。

20人と大所帯の新3年生にとって、
残された高校での陸上競技の期間はアトわずかです。
一日一日を大切に過ごしてくださいネッ!

ロードレース観戦後は、そこからクルマでスグの竹内さん宅に伺い、
美味しいケーキと世間話を楽しんでから仙台市までの事故車引取りへ。
仙台市は東北の中核だけあって、
山形・秋田・岩手ナンバーのクルマも多く、
他県からドンドン仙台市のお店などにお金を落として行きます。


左カーブでハンドル操作をミスした自損事故です。
アララ・・・納車してまだ数日後だったのにヤレヤレ。
でもケガ無くて良かったです。

オールリスクタイプの車両保険に加入していただいていますので、
なんの心配もありません。
車両保険は必要ですョ、自己防衛のために。

2012年3月22日木曜日

広島から米沢へ

広島駅に着いてから廿日市市にある新田社長さんの会社へ。


新田鉄工さんで作っている新車のレッカー車などを、
シゲシゲと眺めていたらあっという間にPM5時になり、
さきほどまで溶接や架装していた従業員さんは帰り支度をしています。
PM5時半過ぎに高速道に乗り、
米沢まで約1100kmもある帰り道は、
考えただけでウンザリしますが、まずは第一歩!

大阪に近づくと高速道はトラックの洪水で、
乗用車はどこにいるのか見えません。
高速道から見える高層ビルやまばゆい照明は、
東京の首都高速の景色とソックリです。

AM5時に石川県の尼御前岬サービスエリアで約90分の仮眠。
新潟県の糸魚川にて。
パーキングエリアに入ったつもりだったのに、
ボーッとして出口のインターチェンジに出てしまい、
そこでパチリとシャッターを・・・。

米山SAで「日本海チラシ丼」1280円をパクつきましたが、
きのうの残り物を出されたような一品で、
マグロは赤茶け・サーモンはしなびて・ワカメは半乾きでボソボソ。
お店はガラガラで、お客さんは自分以外にいなかったことに納得しました。
米沢の自宅に着いたのは、
広島から出発して20時間後の午後1時30分。。。走行距離は1080km・・・。



2012年3月21日水曜日

広島

きょうは彼岸荒れの朝となり、寒く冷たい風が雪を運んでいます。
AM6:30にガス欠でレッカーQQコールを受け、
4WDの軽トラックの荷台に安全対策のためカラーコーンを積み、
ガソリン携行カンを助手席の足元に置いて、いざ出発です。

国道13号線は圧雪で凍結しています。
約20km離れた現場では、これから山形市内の職場へ通勤途中のAさんが、
アタマからスッポリと防寒具に身を固め、
ガス欠のため暖房できない寒い車内で震えていました。

路肩に停めていたガス欠のクルマの横を、
通勤で急ぐクルマの群れがビュンビュンかすめていきます。
凍結した路面で滑ったクルマがコチラにドーンと来そうでヒヤヒヤします。

作業を終えて家に戻り、朝飯もソコソコに米沢駅から新幹線に乗ります。
福島駅で東北新幹線の下り線に乗りかえ、仙台駅に間もなく着きました。
そこから仙台空港行きの電車で20分ほどで仙台空港へ到着です。

昨年の地震による大津波のときに流れたTVでは、、
空港周辺は多くのクルマが流されて粗大ゴミだらけの映像でしたが、
現在はそのことを思い出させる景色は空港周辺に限り見えません。
先日行ってきた仙台港周辺でもガレキはどこにも見当たらず、
東北地方の中核をなす仙台市近辺は、ふんだんにお金が廻っているようです。


1か月まえから予約していた12時10分発のANAのちっちゃい飛行機に乗り、
広島空港へ13時55分に着きました。
座席は通路側のため、
窓の外に広がる上空からのナイスな景色も見えず、
うたた寝していたら着陸のアナウンスです。
小さな飛行機のせいなのか?着陸はとてもスムーズで着陸のための制動距離も短く、
着地に入ってからなかなか止まらないジャンボジェットとは雲泥の差です。

飛行機を出るとモア~っとした空気に当たり、
さっきまで雪の降っていた米沢の気候に慣れたカラダは、
軽くめまいするようなカンジに包まれます。
広島はヤッパリ暖かく、
着こんできた防寒具を脱いでリュックにポンッ。
10分ほど待って空港から広島駅行きのバスに乗りますが、
チケット代は1300円!、ケッコウ高いな。

広島駅新幹線口に着き、迎えに来てくださる新田社長にTELすると、
初めてお目にかかる社長は、にこやかな表情で目の前にいました。
廿日市市にある新田鉄工さんhttp://nittatekkou.co.jp/までは
クルマで20分くらいでしたが、
広島カープの大ファンの社長は、
山形県出身でカープの4番をまかされている栗原選手のハナシになるとチカラが入り、
「いいところで打たなアカンで~、ことしはやってもらわんと!」と勝負弱い?栗原選手に
ことしこそ真の4番として頑張ってほしいようです。

購入した4トンレッカー車の操作方法やETC・ナビの動作を確認して、
いよいよ運転席に乗り込みます。
やっぱり4トン車はデカいし、ブレーキは慣れないエアブレーキ。
先導する新田社長のマイカーのうしろをソロソロと走り、
キンチョーしながら廿日市ICに乗って山陽道に入りました。

これからエンエン1100kmの旅です・・・。
無事に着けますように・・・。

2012年3月17日土曜日

自動車事故 弁護士費用

マイナスの気温が続いていた2月からすると、
ウソのように暖かくなって、
朝の最低気温もマイナスにならない日が増えてきました。

田んぼや畑にテンコ盛りに積もっていた雪は、
日を追うごとにドンドン減ってきて、
ところどころ黒褐色の土が見えています。

近くで接骨院を営んでいるT先生から、
「クルマの保険、アンタのところに入るから、
いままで入っていた会社の書類FAXするから何番だっけ?」と
うれしい問い合わせ。

保有する3台のなかで、2台の契約をいただきましたが、
以前加入していた内容はオーバースペックの部分も多く、
不必要な部分について説明しました。

①等級プロテクト・・・交通事故で保険を使ったときに、次回の契約の保険料が
大幅に上がったり、割引等級が下がったりしないようにする特約。
保険料に対して占める割合は多く、しょっちゅう事故で保険を使う人以外はムダなこと。

②人身傷害保険7000万円も付保・・・交通事故で亡くなったりケガをしたとき、
最高で7000万円まで運転者と搭乗者に支払うが、
保障額を3000万まで下げると保険料はグッと安くなること。

③自動車事故弁護士費用特約・・・これ自体は必要な特約ですが、
保有する3台のクルマの名義と契約者はT先生ですので、
3台の中の1台のみにこの特約を加入すれば、
他の2台の自動車事故についても弁護士費用特約は使えること。
3台すべてに付けるのはムダですよ!

①~③まで説明し、リーズナブルな内容でご加入いただきました。

ところできょうのアサは、自動車ディーラーに勤める友人からのレッカーQQコール。

カレのお客さまは運転席側からドーンと衝突され、
現場に着いたときには救急搬送されていました。

カレの勤めているディーラーさんまでけん引したところ、
朝礼前の営業さんたちは、
掃除の手を休めてゾロゾロ集まってきました。

シートやハンドルに付いた血を見てヤジウマ度合いもヒートアップし、
「ウワァ~、だいじょうぶだったべが?」

2012年3月14日水曜日

レッカー 横転

きょうは3日ぶりに暖かくなり、良い天気となりました。

起きて間もないAM6時過ぎ、
着替えをしていたらレッカーQQコールです。

急いで中綿入りのモコモコしたスキー用のズボンをジーパンの上に重ね、
薄手のレインジャケットのジッパーを首まで上げて玄関を出ます。

向かう現場は、自宅から約16km離れた南陽市のハズレです。

里山のふもとにある現場に近づくにつれて雪はパラパラと落ちて、
路面はやや凍結していてます。
急な上り坂の途中に、横転した軽ワゴン車が小さく見えてきました。
狭くて日当たりのわるい山道は、凍結した路面にサッと雪が積もった状態で、
とても滑りやすくなっています。

横転したクルマの前にレッカー車を配置しようとしましたが、
上り坂の凍結路でタイヤは空転します。


ギアを1速に入れてナメクジのようにゆっくり進み、
ヒヤヒヤしながらレッカー車をセットしました。

横転したクルマの後部にスリングベルトをかけて、
道路と直角の位置までウインチでズルズル引っ張ります。
つぎに左前後サスペンションにJフックを引っかけて、
道路とスレスレくらいの低い位置から引けるようにウインチをセットします。

もう1本のウインチは、
横転車を起こしたときのバッタン衝撃を和らげるように、
上方からアンカーにします。

横転車はうまい具合に起きてきました。

右側面と足回り大きなダメージを受けていましたので自走はできません。
白鷹町の整備工場までけん引してから、自宅に戻って遅い朝メシ。。。

2012年3月13日火曜日

レッカー 関山峠 国道48号線

カーテン越しに見た早朝の景色は、真冬のようにスッポリと雪におおわれた銀世界で、
積もった雪の深さにビックリ!です。

きのうの深夜から朝方までに、
この時期にしてはとても多い、
モッコリ25cm以上の積雪でした。

それでも日の出とともに注ぐヒカリは、
真冬のソレと比べてはるかに大パワー、
道路の雪はすぐに融けて水になり、
川のようにドンドン道路の端っこを流れてゆきます。

さっそくアサからレッカーQQコールですが、
この雪でスリップしてガシャーンとなり、
フロントサスペンションはボデー側に押されて曲がり、
トランスミッションからはオイル漏れです。

車両保険に加入されていましたので、
自己負担なしで修理できます、とてもラッキー!

お昼頃のQQコールは、
仙台市内までの事故搬送です。
レッカー車でけん引し、
国道48号線の関山峠を通るルートです。


この関山峠は大事故が多い路線として有名ですが、
初めてこの峠を走ってみて、そのワケを少し理解できました。



〇道路幅→狭い
〇ウネウネ曲がりくねった道
〇ウップダウンが大きく、下り坂ではいつの間にかスピード出てしまう
〇冬場は豪雪地帯→凍結スリップ

頼まれても、通りたくない峠ですね。



2012年3月12日月曜日

ゴールデンレトリバー 3月の雪

きょうは久しぶりの積雪で辺りは白く輝き、
キラキラとまぶしい朝をむかえました。

さすがに真冬のサラサラした雪ではなく、
湿気を多く含んだボタ雪のため、
両手で野球のボールみたいなカタチにするのは簡単です。
レッカーQQコールを期待していましたが、
曇り空からちょっとのぞいたあたたかな太陽のヒカリで、
道路の雪はまたたく間に融けてなくなります。

この画像から「さぞ寒いだろう」と想像できますが、
3月に入ってからの雪の日は、
真冬のシビレるような寒さにはほど遠く、
かえって春を感じさせます。

2頭のワン公は、
クッションの良いベッドのようにフカフカする雪の感触が大好き。


2012年3月10日土曜日

ガン 前立腺がん いざ手術

前立腺がんと診断されて手術を受ける日までは、
術後の後遺症などに目を向ける余裕や知識もありませんでした。
死について考えると沈んでくるので、
病院に持ち込んだノートパソコンに入れた子供たちの写真などをながめて、
楽しかったことだけを思い浮かべるようにしていました。
それでもアタマのなかを占めるのは、
手術後の生存率や再発の可能性はどのくらいか?でしたね。


21年4月3日に山形県立中央病院に入院し手術当日の4月7日までは、
体調を整えるための期間です。
手術前日に、ヘソからモモの付け根までの体毛をバリカンのようなモノで剃られます。

そして腹のなかをキレイにするため、夜と朝の2回に分けて下剤を飲みます。
手術当日の朝は、水のようなものしか排泄されませんでした。
この時の排泄物は、看護師さんが必ず確認して先生に報告します。

いよいよ手術当日の朝を迎えますが、
ジタバタしてもどうにもならない気持ちでいたせいで、
前の日もグッスリ寝て体調もいつものようにバッチリです。
「ほんとうにガンなのかなあ?」と思ったりしていると、
麻酔科の先生が看護師さんを引き連れてやってきました。

エレベーターに乗り、手術室のある3階で降ります。
手術室の前では青色の服を着て帽子を目の上までスッポリかぶり、
おおきな白いマスクをして人相などサッパリわからない看護師さんたちに、
出迎えられました。
「は~い、リラックスして~、ゆったりした気分でねッ!」と声をかけられた瞬間に、
コチラが緊張モードに切り替わってしまいました。

麻酔科の先生が背中に麻酔針を差し込みます。
カラダがこわばっていたのか、この針がナカナカうまく入りません。
それでも3回目くらいで背中深くに命中したようで、
しびれたような感じです。
次に酸素マスクのようなものを口に被されて、
「ハーイ、行きますよ!サンッ・ニッ・イチッ!」の掛け声とともに麻酔ガスがカラダに入り、
ここから先は気を失ったようで手術中は思い出なし。

手術が終わってから病室に帰ってくる途中で、
看護士さんから両頬をたたかれてようやく目が覚めました。
ボーっとしていましたが「目をあけて!眠ってダメ!」と言われたコトだけおぼえています。
意識がモウロウとしていたのは、
前立腺と直腸が癒着していたため、
それを切りはがすのに手間取って1000ccの出血があり、
そのせいで体温が34℃以下だったそうです。

手術後専用の病室に搬入されてしばらくすると、
体温が低いためブルブル寒気がします。
毛布を2枚かけましたがどうにもならず、
さらに電気毛布をかけてもらいました。

そのうえ麻酔が切れかかって痛みます。

少し落ち着いてからあたりを見まわすと、
腹には体液を排出するドレーンがあって、
ドレーンの先のビニールパックには、
血の混じったどす黒い色の体液が見えます。

またオシッコを体外に出すためのドレーンもあります。
これもドス黒くて手術を実感しました。

手術後から次の日の昼くらいまでは、
痛みや麻酔?でほとんど寝ていました。
起きたのは、お見舞いに来てくれたM先輩にあいさつするときだけでした。
Mさんは現在71歳になりますが、
平成18年に前立腺がんの手術をしてから再発もなく、
元気に過ごされています。

3日目からは先生や看護師さんから「すこしづつ歩くように」言われ、
カラダから2本のドレーンをだしたまま病棟の廊下を歩こうとしましたが、
歩くたびに痛くてすぐ止めてしまいました。
「ちゃんと歩かないと、ドンドン動けなくなるよ!」と言われても、
痛みには勝てません。

7日後に腹部からのドレーンを抜いてもらいましたが、
尿のドレーンからはマダ出血しています。

前立腺がんの手術をするために入院してきた当時58歳のKさんとその奥さんは、
病棟の廊下をウロウロしていたコチラの真っ白で精気のない顔と、
血が混じってどす黒くなったドレーンのビニールパックをみて、
なんて言葉をかけて良いのか迷っているようです。
目線を上から下までゆっくり動かして、
「手術後はこうなるんだ」と確認しているようでしたが目の前のひどい姿に、
二人してすっかり固まっていました。

2週間後、いよいよ抜糸です。
通常は抜糸が終わると3~5日で退院となり、
間もなく家に帰れるウレシサでルンルンです。
担当のH先生は研修中の医大生を連れて病室にやってきました。
抜糸は研修生がやりましたが、そんなに痛くありません。
そのときに尿のドレーンも抜きましたが、
これが長い入院生活の引き金になってしまいました。

手術前は約20日間で退院できる予定でしたが、
結果的にドレーンを抜いたタイミングが悪くて尿が体内に漏れ、
立っていられないほど痛みます。
座薬を入れたり痛み止めの注射を打ってもらいましたが、
ほとんど変わりません。
おかげさまでこの時の痛みを思い出せば、少しは打たれ強くなりました。

それからふたたび尿道にドレーンを入れ、
尿道が元どおりになるまでそのまま入院継続となり、
エンエン43日間の病院暮らしとなりました。

一番の楽しみは食事、二番目はおなじ手術をして入院していた人たちとの会話、
三番目は何から何まで世話してくださる看護士さんとのくだらない会話・・・。

2012年3月8日木曜日

ガン 前立腺がん

暖かい日が続くかなと思えばまた寒くなったりで、
厚着をしてジワッと汗をかいたり、
薄着をして震えていたりしています。

先日、庄内地方に行ったときからノドが痛くなり、
きょうは寒気がして熱っぽくなり、
どうやら久しぶりに風邪にやられたようです。
ワン公さまたちとの散歩も、すこしのあいだは控えないと・・・。

4月の上旬を迎えると、ちょうど前立腺がんの手術をしてから4年目に入ります。
手術をする3~4年前から、お客さまのところでお茶などを2杯以上飲むと、
以前はガマンできたオシッコ(尿意)がガマンできなくなり、
「すみません、トイレどこでしたか?」とお願いすることが多くなりました。
気になって開業医さんにかかり、「トイレ近くて」と問診で話すと、
すぐ下腹部の超音波検診と肛門からの触診です。
「チョッと前立腺炎みたいに見えるけど、たいしたことないだろう。
前立腺のカベも少し硬いようだが、炎症のせいだろうな」と言われ、
尿意を抑えるクスリを処方されました。

そのクスリをのむとオシッコ近いのは良くなり、
治ったつもりでいましたが、
そのクスリが切れてしばらくすると、
また同じようになります。
その頃(H18年)人間ドックでのPSA値は、3.0くらいでした。

H19年は3.5、H20年の12月の人間ドックでのPSA値は4.02です。

手術をする3年前から右肩あがりでのPSA値に要精密検査となり、
行きつけの開業医さんに行ったら「S病院を紹介するからソチラでね。」と逃げられ?、
言われるがままにS病院へ行き、前立腺の容量を測る器具で検査しました。

「アナタの前立腺の容量は約20ccで異常なしです。
前立腺肥大の可能性はとても低いから、
細胞検査しましょう。1週間後に結果でますから」とT先生。
いやな予感しましたが「先生!ガンの可能性はどのくらいです?」と聞くと、
「40代で前立腺ガンはほとんどいないから、80%はガンじゃないでしょう」

検査結果の出る日、地元のS病院に向かいながら、
「オレはダイジョウブだ、運動もしてるし病気になったこともないし。
先生は80%はガンでないと言ってたし。」

H21年3月中旬のお昼過ぎにT先生はアッサリとした口調で平然と、
「細胞検査では前立腺がんです。10本の針のなかで、2本が当たりました。」

そう告知されてから早いもので丸3年です。

その病院のT先生は、手術を含めた数種類の方法を説明してくださったのですが、
ショックでボーっとしたままの状態になり、
何を聞かされたのか正確に思い出せません。

前立腺ガンの悪性度を示すグリソンスコアは3+3、
http://zenritsusen.fc2web.com/susumiguai.htm
進行のステージはT2aと言われましたがチンプンカンプン。
ようやくした質問は「先生!あと何年ぐらい生きられますか?」と、
「どこで手術をしてもいいんですよね?」くらいでしたね。
また「死んだら生命保険はナンボ出るんだっけ」とだけ考えながら、
先生のハナシをうわのソラで伺っていました。

家に帰ってカミサンに報告し、
ネットで情報を見てから次の日に、
T先生へ「どうせなら千葉の国立がんセンターで手術しようと思い電話しましたが
3ヶ月待ちですと言われました。
なので東北で一番前立腺がんの手術をしている
「山形県立中央病院を紹介してください」とお願いして、
1週間後にセカンドオピニオンを受けることになりました。

山形県立中央病院のH先生あての紹介状を持参し、いよいよ診察タイムです。
手術とか他の治療法の説明を受けましたが、
手術以外の治療法は再発のリスクが高いのかな?と感じていたので、
先生のハナシをさえぎるように「手術でお願いします、先生におまかせします」なんて、
カッコウつけたわけではないですが、のちにイロイロと後遺症もある手術を選択しました。
そのときは手術が良い選択だと思っていたし、
術後の後遺症のことなどアタマの片すみにもありません。

良いことも悪いこともあった手術ですが、
その点を含めてまた書いてみます。

2012年3月6日火曜日

レッカー 冬の終わりは雨

きのうは冬の終わりを告げるような、
暖かい雨の降る一日でした。

クルマのワイパーを忙しく動かさないと見えないくらい強く降り、
せっかく積もっていた雪はモウモウと白いモヤを吐き出しながら、
融けていきます。

上山インターから鶴岡方面にクルマを走らせ、
雪の壁だらけの月山道に入ると、
そこだけは湿気を多く含んだボタ雪が辺りを白く染めています。
暗くて長い月山トンネルを抜けると、
雪の量は半分以下になり、
ボタ雪はまた雨になります。

庄内あさひICで高速を降り、
鶴岡市に向かって国道112号線を走ると、
ほどなく鶴岡警察署に着きました。
親戚のY刑事に会いにきましたが、あいにく仕事で外出中だったので
名刺に伝言書いてそこを出発し、
以前勤めていた会社の先輩が店長の、
カーサービス山形 http://www.cs-yamagata.co.jp/kaisya.html 酒田店で
友人のSくんと合流です。

Sくんと酒田市~三川町の貸し物件をウロウロ巡り、
ホームページが良くできている荘内物産さん http://www.shonai-b.net/に寄りました。
オーナーの松田社長さんからイロイロ教えていただき、
ラッキーな気分のまま米沢への帰り道を急ぎます。

帰りの月山道は雨また雨で、
てんこもりに積もっている雪に雨水がドンドン流れ、
雪の表面は等間隔でえぐれています。
初めて見た不思議な風景でした。

レッカー作業は雪が降らないからまったくヒマかと思っていたらそうでもなく、
乾いた路面でブンブン飛ばすから事故は多く、
クルマの損傷も大きくなってきてレッカー車の必要な現場が増えています。

このクルマはフロント左側 ドンッ!



このクルマはフロント運転席側 ド~ン!

2012年3月1日木曜日

小型移動式クレーン講習

きょうの朝は少し冷えてマイナス7℃になっています。

3月1日から3日間、米沢市から約25km離れた長井市にある自動車教習所で、
小型移動式クレーン免許の講習です。
チョッと忙しいからと無謀にも増車するレッカー車は2.9t吊りのクレーンつき4t車のため、
それを使うための免許が必要になりました。

年をとったせいなのか大病をしたせいなのかはわかりませんが、
多少もっていた小金はあるうちに使ったほうが楽しそうに感じていますけど、
ただの衝動買いでしょうか?

講習一日目のきょうは、
朝8時40分から17時までの学科でした。
学科のインストラクターさんの説明は、
平凡以下の一本調子でジョークなどはマッタクなく、
よくこんなんでお金を取ってるなァと思うほどです。

でも講習中に寝ていても怒られないから?しょうがないですかね。

帰り道の通りすがりに、
会社勤めの頃の同僚が勤めている大きな整備工場に、
ブラリと寄ってみました。
彫りが深く色白で、
ロシア系ハーフのようなイケメンだった彼は、
10年ぶりでも渋く枯れたナイスミドル風で、
朴訥なしゃべりも以前のままでシビレました。

彼の勤める会社は順調に車検台数を伸ばしていると伺いました。
彼の人柄と仕事のバランスがとても良くマッチしていていて、
ウレシイですね。