2007年12月23日日曜日

白い恋人




賞味期限を過ぎて販売して、話題になった有名な御土産品は、
ご存知のチョコ、白い恋人だが、
飯豊町中津川地区のそのまた奥の部落で作る御酒、
この寒い時期しか作ることのできない、通称「どぶろく」は、
まさに白い恋人である。
気温が10度を超えると、急速に発酵は進むので、
フタは稲わらの栓をしてある。
保存には雪の中につっこんで置くのが最適なのだが、
今年は暖かく、雪は降っては融けてしまい、
北向きの屋根下にわずかに残った雪をかき集めて、
その中で保存している。
名人の作る今年の「どぶろく」は少し甘みは足りないが、
発酵して出る炭酸のおかげで、喉越しは相変わらずすばらしく、
夜になりグラスを持つのが待ち遠しい。
名人の家は、深い山々に囲われ、
常にミネラル豊かな湧き水が溢れている。
その水と、それで育ったうるち米で作る冬限定の酒、
名人のドブロクは、よほどのへそまがりでない限り、
こんなうまい酒は初めてだァと。

2007年12月21日金曜日

冬至

12月22日の冬至が近づくにつれ、

夜の暗やみはどんどん長くなり、日の出は遅く、

どうしても起きるのは遅くなる。

普段は5時ごろもそもそと起き出すのだが、

この頃は6時チョイ前ぐらいで、一日の稼働時間は、

あたりまえに、一時間ほど短くなる。

いつも年末は、追い立てられるようにパタパタするが、

ことしも真っ白な年賀状を前に、そのとおりになる。

2007年12月16日日曜日

蛍雪

久しぶりに銀世界となり、その雪明りを感じて、

すっきりと目覚める。

やはり米沢は、いつもどおりの1mを越える積雪にならないと、

さしさわる人は大勢いる。

排雪作業、雪下ろしに関わる土建屋、建築業、重機オペレーターは、

雪が少ないと、機械と人を遊ばせておくことになる。

大雪になると、数億円単位の米沢市の除雪予算を、

ふんだんに使いきり、末端までウハウハになる。

山菜やキノコ、山に住む動物のえさとなるドングリやブナの実は、

大雪の年が明けた春と秋には、豊富になる。

春が待ち遠しくなるくらいの冬に、いつか戻って欲しい。

2007年12月13日木曜日

修理代


総額28万円、追突されて修理済みのポルシェの請求書には、

そう記されている。

修理箇所は、目視では左右テールレンズの間にある、

センターガーニッシュにわずかなヒビがあり、

リアバンパーに付着している衝撃吸収用?のゴムがずれているぐらいで、

リアバンパー本体に損傷あるかどうかは、不明だった。

英オートサービスさんでは、http://www.hanabusa-auto.co.jp/

リアバンパーを脱着し、ゆがみを矯正し、

センターガーニッシュを新品に交換していただいた。

国産車の場合だと同様の修理では、代車代を含め12万円くらいだろうから、

やはりポルシェの修理代は、リアエンジンであり、その特殊性もあって高額となる。

このたび追突した相手は、JAやまがたの任意保険に加入していたから、

対物保険でお互い自己負担無しだったが、

相手側が、無保険車だったらと思うと気味悪い。

日頃の足で使っている、2ストロークのジムニーには、

自己の過失にかかわらず25万円分の車両保険を付保している。

まさかポルシェが追突されるとは考えもしなかったので、

これには車両保険は掛けていない。

それにジムニーの任意保険料は年間5.5万円だが、

同様に車両保険650万円をポルシェに付保すれば年間30万円となる。

年間2000kmしか乗らないその車に、そんなお金は無駄に思えて?

2007年12月10日月曜日

ヤマハ・セロー

暖かな日が続き雪は融け、遠くの山並み以外、

白い雪は見えない。

小春日和のような12月8日は、

オフロードバイクのヤマハ・セローに乗り、近所を徘徊する。

スニーカーの紐のあいだから、冷気はビュンビュン入り込み、

足元からしびれてくる。

たった15kmのバイクによる散歩だったが、

エンジンは快調に鼓動を刻み、喜んでいるようで、

寒いけどこちらの気分は、晴れる。

2007年12月7日金曜日

廃屋の集落


南陽市の、とある山の中の廃屋の小屋に、

多量の薪があったと聞いて、見てきた本人と、

軽トラックに同乗してルンルンと向かう。

自宅から40分ほど走った山あいにある部落は、

5~6戸の小さな集落で、どの家も雪で押しつぶされて

ひしゃげていたり、骨組みだけだったり。

目的の廃屋の小屋は確かにあった。

母屋は半分以上つぶれているが、小屋は元のままで残っている。

中にある薪はスギの木で、何年もそのままで放置されて、

シロアリが巣食い、中はスカスカで使い物にならない。

同乗している星さんは、もう一つ山の中の集落があるよ、

と言うので、ついでだからそこに行くことにする。

りっぱに舗装された林道を、どんどん駆け上がる。

道路には落ち葉が重なり、ほとんど車の往来は無いようだ。

県道からくねくね折り曲がる林道を、上がり下がりすること30分、

辺りは山また山のその中に、ようやく小さな集落を見つけた。

道端に立てかけてある、昭和50年当時の部落案内板には、

9戸の配置図と名前が記されていた。

廃校になって久しい分校もある。

現在一戸だけに、人は住んでいるらしい。

都会のビルだらけの街並みにも驚きはあるけれど、

あたり一面森林以外何も無い山の中を、
30分も走り続けてようやく見つけた、 廃屋だらけの集落に、
二人とも声は出なかった。

2007年12月5日水曜日

千眼寺







自宅から歩いて5分のところのあるお寺には、
先祖のお墓がある。

そこの千眼寺で、毎年12月4日にお年越しの餅つきが行なわれ、

つきたてのお餅を近隣の人々にふるまう。
寛永18年(1641)に病害虫が発生したとき、
神のお告げにより千眼寺保呂羽堂の、
縁の下の砂を田にまいたところ、

虫が退散したのでお礼に村人が、収穫したもち米で餅をつき、

保呂羽堂に供えたのが始まりいわれている。

われわれ若い衆は朝5時にお寺に集まり、

午前5時半からつき始め、
途中休憩を挟みながら午後3時半頃まで約10回ほど、

3つの臼を7~8人で取り囲み、杵(きね)を持ち、
ねり唄・つき唄・あげ唄を唄いながら餅をつき、

つきたてのお餅を参拝者に振る舞う。

つき上がった餅を天井高く突き上げ、

天井のススが付いた餅ほどご利益があるといわれている。

子供の頃は、ヒューヒューと音を立てて吹き付ける雪の中を、

近くの子と一緒に歩いて食べに行った。
つき手の若い衆として参加したここ25年は、
吹雪の12月4日の記憶は無く、 ここでも温暖化の影響を感じる。

2007年12月3日月曜日

関越トンネル

青梅市の英オートサービスからの帰り道は、

慣れた東北道では眠くなりそうなため、

圏央道から関越道へ入り、北陸道、磐越道を通り、

会津若松インターで降りることにする。

関越道を通るのは20年ぶりで、前回の記憶は、

いつまでたっても出口の見えないほど長い、

関越トンネルしか覚えていない。

気分的には、初めて通る道と同じで、ワクワクする。

関東平野から群馬県の、高崎インターまで走ると、

周りには高い山々が見える。

何人もの首相を輩出した群馬県は、

どんな県民性なのかと思いながら120km/hで流し、

赤城高原インターでガソリンを入れる。

ゆっくり走ったおかげで、燃費もよく、

リッターあたり9kmの計算になる。

普段は平均140km/hで走り、約8Km/hの燃費なので、

3600ccの空冷高出力エンジンにしては、充分すぎるくらいだ。

会津若松インターから国道121号線を経て、米沢市に帰る。

青梅市から米沢市まで、約440kmの道のりで、

東北道経由より100kmも遠回りだった。