B29爆撃機
85歳になるT橋さんは終戦の昭和20年当時、
日本空軍の戦闘機を整備する兵隊さんだったそうです。
T橋さんはその当時の話を、
となりの部屋に聞こえるくらいの大きな地声で、話しています。
戦闘機の操縦兵は夕飯のとき、必ずといっていいほど肉と酒が付き、
整備兵はそれから比べると、比較にならぬほど粗食だったそうです。
B29爆撃機が来襲した際、某少尉はすぐさま戦闘機に乗り込み急上昇し、
マグレでB29一機を打ち落としてきた話を伺いました。
その当時の日本空軍の戦闘機は、
B29爆撃機が通常飛行する高度まで上昇するパワーが無く、
撃ち落す事はまず不可能だったそうです。
しかし某少尉は機体を軽くして一気に上昇し、
B29爆撃機の20mm機関砲の攻撃をかいくぐり、
砲撃後に無事帰還したそうです。
T橋さんは帰還した某少尉に、撃ち落した経緯を聞いてみたところ、
B29爆撃機の20mm機関砲から発射される曳光弾を含む砲弾が、
雨あられと自身の戦闘機に降り注ぎ、
砲弾をかいぐぐって生還した事もB29を撃ち落した事も、
某少尉はまったく覚えていなかったそうです。
会話も盛り上がってきたところでT橋さんに来訪客あって、
惜しくも話は中断となりました。
日本空軍の戦闘機を整備する兵隊さんだったそうです。
T橋さんはその当時の話を、
となりの部屋に聞こえるくらいの大きな地声で、話しています。
戦闘機の操縦兵は夕飯のとき、必ずといっていいほど肉と酒が付き、
整備兵はそれから比べると、比較にならぬほど粗食だったそうです。
B29爆撃機が来襲した際、某少尉はすぐさま戦闘機に乗り込み急上昇し、
マグレでB29一機を打ち落としてきた話を伺いました。
その当時の日本空軍の戦闘機は、
B29爆撃機が通常飛行する高度まで上昇するパワーが無く、
撃ち落す事はまず不可能だったそうです。
しかし某少尉は機体を軽くして一気に上昇し、
B29爆撃機の20mm機関砲の攻撃をかいくぐり、
砲撃後に無事帰還したそうです。
T橋さんは帰還した某少尉に、撃ち落した経緯を聞いてみたところ、
B29爆撃機の20mm機関砲から発射される曳光弾を含む砲弾が、
雨あられと自身の戦闘機に降り注ぎ、
砲弾をかいぐぐって生還した事もB29を撃ち落した事も、
某少尉はまったく覚えていなかったそうです。
会話も盛り上がってきたところでT橋さんに来訪客あって、
惜しくも話は中断となりました。
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